新聞の切り抜きを意識してみました、脅迫状? ははは

4月の泣き言・新学期、新年度。区切りの時期に鬱になるのが最近の流行?



2001年 4月30日(振)

で、早速おしごと


 確認してみたら5月の1・2はカレンダーが黒、なわけでやっぱり今週も火曜と水曜日だけは相手先へ行っておしごとしないといけないというわけです。で、ちょっと停滞していた別件の作業の方がこっちへ回ってきそうな気配がしたので、慌てて打ち合わせをセッティング、別件の相手先は我々と逆でGWの後の方に旅行をセッティングしていたので、今日を逃すと来週まで時間が取れないので、どうせ後半の休みの分を前半の休みを潰して作業しているに違いないと相手の会社に電話をかけてみたら、案の定出勤していて話がまとまる、むこうも資料の準備があるみたいなので、簡単な打ち合わせ+火曜(1日)夜に顔を出すということで話がまとまる。外は景気良く降ってる雨。どうも関東地区全域のようで、今日をメインの観光日にしている箱根にいた皆様方にはご苦労様と声をかけてあげたい気分。充分休みを堪能できた分、アカの他人には冷たくなれる訳ですな。にしても、うちの事務所に晴れ男でもいるのかなぁって思うくらい、旅行などで雨雪にたたられたことがないんですねぇ。いやまったく。そのかわりといっちゃぁなんですが、仕事なんかで遠出をすると、必ず雨だったり季節外れの気候だったりといろいろたたられるコトが多いんですよねぇ。困ったもんです。


2001年 4月29日(祝)

疲れた疲れた疲れた……


 迂闊に引率なんぞをすると、旅行も楽しめないってのは是非もないところだが、わたしゃ引率している方が気楽でいいので……というのも、夜の誘い(旅館出て飲みに行くとか、妙な遊びに付き合わさせられるなどなど)を疲れてるですぅ〜と言って堂々と断れるし、実は宿屋に無傷で放り込めば引率者の責任は完了、なわけで、帰る日も帰路の指定券をとっちまえば後は電車に放り込めばお役御免って訳でして。一人でのんびりするのが非常に楽なのが引率者、当然ながら出発前にはいろいろ手配なんぞで骨を折るんだけど。
 箱根湯本の駅で乗る特急にまだ時間があるので、他の連中をみやげもの屋に放って駅前の河原で新聞見ながら電話投票にいそしむことに。
 今節の江戸川、確か下げ潮主体で南風だよなぁ……などと思いながら携帯からでは聞けないので公衆電話を探してレース実況を聞いてみる、果たしてレースタイムが1分16秒台といえばは無条件で2周戦、ついでに言えば最終日で、前半はがらくた戦。4Rの掛水なんざオール6等の参加賞クラス。1枠の中嶋誠一郎も江戸川久々で優出できないところを見るとここは無条件で勝負レース。江戸川の波に強いだろう2=5=6の絡みで各5枚買ったら5−2で決まって1730円、続く5Rも本吉からの2−4 2−1本線で行って1番人気の2−4は360円、この段階で8人分の帰りの分の特急券代を取り戻す。
 図に乗って6Rで大張りしたら5−2は1140円でど裏目。7Rを買ってロマンスカーに乗り込んだら速攻でみんな爆睡。上りもガラガラで下りもガラガラ。前半の3連休2日目に観光地から立ち去るもの好きはほとんどいないわけでして、無理もないってところ、ひたすら箱根の山の方に向かう国道は車の列で大渋滞、思わずざまぁみろって感じで流れを見ていたら小田原のあたりで空から雨がぽつり、この雨のせいで、子供に口をきいてもらえなくなるお父さんが何千人単位でいそうだなぁ、とか思いながらわたしも一眠り。気がついたらもう下北沢のあたりで、7Rの結果を聞いたら2−1が1990円もついてるのでびっくり、8人分の特急料金往復分と自分の分の宿代がきっちり出た計算。関係ないところでいい旅行でした☆
 東京に戻った所で、かなり天気が怪しくなってきており、下手したら降るんじゃないかと思いながら事務所に戻るとすぐに雨。せっかくの連休開始にケチのついた観光客が一杯いたんじゃないかなぁって思う瞬間。
 まぁ、雨が降ってもガス抜きが目当てな観光目的ゼロな旅行でもあったせいか、べつだん雨が降ってもまぁいいかってな感じだったけど、それでも晴れてた方がいいわけで、ありがたかったかも。儲かったからそんな口がきけるのかな?


2001年 4月28日(土)

疲れた疲れた……


 午前8時にたたき起こされて朝飯、当然ながら前の晩には酒かっ喰らって麻雀打って、仕事と全く関係ない話をダベって、ダラダラして、気がついたら寝ていたというような連中が起き抜けにそんなに飯が喰える訳がなく、小食なまま終了。そのまま宿屋を叩き出されて箱根の山の中にほうり出される、とりあえず行くところなんぞまったく決めてないので、芦ノ湖に向かうことに。真っ先にやったのがスワンボートに乗って引き波に沈めたり、釣り人の近くまで行って思いきり水面をかき回したり、遊覧船の引き波を無理やり乗り越えようとして大キャビ起こして航路から追い返されたり、腹いせにアベックの乗ってるスワンボートに強ツケマイをくれて失速させたりと悪の限りを尽くす平均年齢26.5歳のガキオトナども。見る者にとっては愚か者以外のなにものでもない集団に違いない、そんなコトはお構いなし、その後遊覧船を乗り継いで芦ノ湖一周。昼過ぎたあたりからやっとこさ混みだして、観光地&ゴールデンウイークらしくなる。しかし足こぎボートを全力でこいだあほどもは、間違いなく筋肉痛確定だろうなぁ……、日ごろっからまともに運動しているワケではないのでねぇ。なわけで、珍しく身体を動かしたもんで晩飯を欠食児童の群れのごとくあほみたいに喰い散らかし、温泉に漬かって湯当たりして夜は例によって麻雀打ってに無意味な話をダベって酒かっ喰らっていつ寝たのか解らない状態のまま全員討ち死に。せっかく布団敷いたのに、ちゃっと布団として使ってあげないところがロクデナシ集団たるところか?


2001年 4月27日(金)

疲れた……


 週に3日も拘束されるってのがこんなにキビしいとは思いませんでしたぁっと☆ そのうえ本日から3日間ほど、みんなのギャラの上前をはねてたまったお金を使って2泊3日の温泉旅行、GW開始1日前に飛び込むのが正解とばかりに出向しているヤツを無理やり金曜日から休ませてGOってコトになりました。
 なわけで日本一遅い有料特急に違いない小田急のロマンスカーに乗って箱根へGO。3日分の疲れのせいか、当日の行きの段階から早くもご臨終状態で死んでましたとさ。
 さすがに金曜日の真っ昼間から観光地へ向かうもの好きは少ないようで、ロマンスカーはガラガラでありました。


2001年 4月26日(木)

3日で慣れたわ……


 ある性格診断によると、わたしの順応性の高さはS●NYの電化製品なみだそうです。いつの間にか新規に世界へ進出して、いつの間にかその世界に順応するというもの、オチは最後にシェアを支配するってのがS●NY的順応性だそうです。つまりわたしゃ毒物? まぁ、そんなコトはどうでもいいですが、なんとか仕事先でも3日目で早くもお友達ができました。
 なんだかんだで我々外注組を仕切ってるおねぇさんですが、当然ながら我々みたいなゴロツキ連中を仕切るだけあって、なかなか会社員にしておくのがもったいないくらいのイカレっぷりです☆ これで事務用の制服を着てなければ我々の仲間に違いないってカンジの勢いです。制服のリボンはひん曲がってるし、ストッキングの伝線は全然気にしないし、口調は荒い、挙げ句に博奕のネタにも対処できる。これでまだ25歳になってないというからそうとうのドキュ……じゃない、猛者です。ふぅ……。
 まぁ、制服を着ているおねぇさまの印象は銀行の窓口嬢と婦人警官くらいしかまともに話(後者と話ができるシチュエーションのほとんどで、まともに話をできるかというと問題山積だけど)をしない人間としては、いろいろ抱えてたイメージを根底から覆してくれたのはひじょうに新鮮な驚きなのでちょっと嬉しい。
 まぁ、それが我々ゴロツキどもをおとなしく作業させるための芝居だとしても、少し騙されててもいいかな、などとも思ったりもする。ねぇ、こういう仕事の仕方もアリだと思うしねぇ。


2001年 4月25日(水)

困ったちゃんです


 さすがに大手なだけあって、建物がでかい。でもそれが災いするのであった。
 主に地下室での作業なため携帯の電波が全く届かないという始末、そのうえ壁がぶ厚いのかは知らないけど、地上階でも電波が届きにくいアンテナ1本。つまりは電話投票が非常にしにくいという有り様なことに気がつく。とりあえずインターネット接続可能な端末を一台貸してもらってるけど、当然ながらIDつきでアクセス監視をしているとのこと。投票に貸与されたマシンを使ったら(ついでに言えばそれ以外にインターネットを閲覧する理由が現在ここでやってる仕事にはありませんので、わざわざわたし用にID作ってくれてもムダなのにねぇ……)チェックが入るコトは請け合いなしなので、これもやっぱり危ない、かくなる上は仕事先にたどり着く前に電話投票などをして……、などと一瞬思うが、電話投票の受付開始は午前10時以降のハズで。その時間にはもう仕事先でおしごとしてます……。つまりは昼休みにでもならんかぎり100%電話投票は不可という訳ですな……、頭の中でいろんな言葉と平日昼間の思い出が駆け巡る……。

 アディオス平日のロクデナシ行動、フォーエバー競艇……(滂沱)

 舟券以外でお金を稼ぐって、こういうことだったんですね……。みんなよく我慢してるなぁ……(困ったちゃんはどうやらわたしのことらしい……)


2001年 4月24日(火)

やめてぇよぉ〜……


 午前8時台の上り総武線緩行の混雑っぷりは、むかし何度も経験していたので、ある程度覚悟完了していたつもりだったけど、いざ、何年ぶりかで体験してみると、やっぱり正気の沙汰とは思えないその混雑っぷりに涙が出てくる。こういうストレスがたまる行動がイヤで、今やってる物書き商売を始めてみないかってそっち方面のお偉いさんに誘われたときに後先考えずに飛び込んだことを思い出す。
 で、やはり激しい混雑、場所を確保したら後は存在感を無にする……、満員電車を乗りきる秘策だと言われたが、こういう所だけはいい加減くたびれていても新入社員と変わらない自分が浮いているのが目立つ。仕事は面白いんだけど、そっちに回したいエネルギーや気力の半分近くがたかだか20分くらいの満員電車に吸い取られるのは非常にムダって気もしないでもないが、電車通勤以外認められてないので(バレたらペナルティつき)耐えるしかない訳で、とりあえず半年拘束なのでなんとかしのごう、そう誓う満員電車でありましたっと☆


2001年 4月23日(月)

ひたすらマシン設定の日


 今週から毎週火曜・水曜・木曜の3日間は新規に飛び込んできた仕事のため、毎朝フツーの人々と同じ時間に起きて、フツーの人と同じようにネクタイを締めて、フツーの人と同じように満員電車に揺られて、フツーの人と同じようにタイムカードを押して仕事をするという、今までの自分とはまったく違う人生を歩むコトになりました。これでますますカタギの道へ戻るための訓練か? いや、ちがうんです。単に自分トコの事務所で作業ができないので仕方なく相手先に行ってるワケですが、それでも話がじぇんじぇん違うよぉ……。当初は週2日って話だったハズなのに、週3日必須って話に急遽変更になった挙げ句に、社員の人間と同じ時間に出勤まで強要された上にネクタイ着用の職場とは……。それでも午後がつぶれないだけマシかな? ってカンジです。最近睡眠をそれほど取らなくてもいいようなカンジになってきているので、早めに起きて早めに寝るという風に自分の体内時計を調節すれば済むって話ですからね。できんのかなぁ? できなきゃ辞めるだけですがねぇ、せっかくの儲け話なんですが。自分の精神衛生の方がだいじってもんです。はい。
 で、そんなワケなので、商売道具であるパソコンをなるべくわたしがいなくても他の連中が触れるようにしておくべく余計な機能や常駐ソフトをはずしておく作業で一日が終了、なんとなくUSBの具合が悪くてプリンタとの相性がおかしくなった感じもするけど、まぁいいか? いちおう問題あったら連絡しろと伝言しておけば済むだろうしね……。気がついたら午前4時。この時間じゃあ、3時間くらいしか寝られねぇ……。


2001年 4月22日(日)

夜中に雨が降ったせいで


 猛烈に寒く……実際の気温はさほどではないんだろうけど、既に身体の方が春から夏に備えてスイッチを切り替えた後なので、最低気温が10度以下っていうのはコタえました。おかげさまで朝から猛烈な下痢、前の日に当たるようなモノを喰った記憶がないので、これはまさしく風邪の初期症状。どうせ日曜日なので、昼まで寝て回復を試みたらなんとか腹は鳴るけど下るには至らなくなり動けるようになったけので江戸川へ逝こうと思ったんだけど、外に出ると季節外れの強めの北風……、確か今節の江戸川って南風を見越して上げ潮主体の水面だったよなぁ……と思いながら事務所へ、さっそく有線放送のスイッチを入れる。ちょうどヤッターマン先生のアナウンスで前のレースの走破タイムを報告しているところで、1着が1分52秒台。こりゃぁ完全に波水面だ……。そうなりゃぁ、間違いなく優勝戦までには2周戦になっちまうのは自明の利で、下手に水面見てイヤな思いするより、電話投票でお茶を濁そうと決める。優勝戦は難波だろうなぁと思ってたんだけど、波水面の2周戦なら竹村だろうなぁ……。
 結果的には波水面にもかかわらず竹村はコンマ01のフライング、難波が繰り上がったのはいいんだけど、波にビビったのか赤峰に捌かれて4−3は1780円、2=3 2=4 3−4と買っていたわたしゃ泣くしかないですな。それでも優勝戦の頃は8メートルの風で済んでいたみたいで、17時頃に吹いた昭和50年代のスケバン(完璧な死語)のスカートすらまくり上げてしまいそうな突風がもし優勝戦の時に吹いてたらと考えると……。
 それにしても、江戸川、ここ数節優勝戦は波に虐められてますねぇ……、まぁ春先はいつものことなので方ないんですけどね。


2001年 4月21日(土)

いつの間にか値下がり…


 28万だったはずの近所の整備工場に転がってたディアマンテが今日見たら18万円に値下がりしていた。隣に置いてあるAE101と同じ値段なのが笑える。一気に10万下がってしまうのもなかなか豪気でよろしい、火曜日に事務所に導入したパソコンの本体価格とほぼ同じ値段ですぜ、質量もサイズもケタ違いなのに(同列に語るのも問題だけど)つまりは「こんなポンコツ、さっさと売り払ってしまえ」という魂胆なんだろうか、それとも指摘されたせいなのか、その辺はわかんないですが、足として使う分には問題ないと思う、しかし、一気に10万ダウンってのを見ると逆に恐怖も覚えますね。こうなるとこの車、もし車検が切れたら車検代だけで手に入るんじゃねえかって気になってくるのが怖い、で、事務所の近所の駐車場の空きを調べるために不動産屋を覗くと、残念ながら空きはしばらく出なさそうとのこと、この後に及んでバブル期の頃と同じ相場の駐車場ならガラ空きだそうだけど、そんな所を借りれるほど酔狂ではないので聞かなかったことに、なにせタワー式の駐車場でも2万7000円/月が相場ですぜ、それが非舗装路地裏で駐車場内に入るのに軽でも切り返しが必要かもしれなさそうな場所にある駐車場が実に35000円/月、3ナンバーは40000円/月、本当に貸す気あるのか? と逆に聞いたら不動産屋も首をかしげる始末。さっさとそんな所はアパートでも建ててしまえってなところですからねぇ。よくわかんねぇです。


2001年 4月20日(金)

競艇開催日に……


 競艇客なヤツに品川とか新橋とか国道15号線沿いに用事を作っちゃダメだよねぇ、そう思いません? とうぜん用事を済ました後はそのまま京浜急行へ乗り込むのは火をつけるよりも明らかな、ごく自然な行動になっちゃう訳です。という訳で平和島2日目へ一直線。6Rに間に合いました。ええ、当然相手の昼飯時に乱入して、タダ飯たかった挙げ句の暴挙なので6R(13:25発走予定)には余裕のよっちゃんでした。でもさすがに思い立ったら運の尽きってヤツに近いので種銭は使えて2万までというありさま。

 6R 一般戦(進入固定)
1.増田一 2.後明俊 3.田中雅 4.塚崎勝 5.泉祥史 6.小林享

 春先のお荷物、温水パイプがはずされた最初の開催で、インがどのくらい弱くなるかってのが興味の種だったので、本当は初日の昨日で様子を見たかったんだけどそういうワケにもいかないのが実際、だってねぇ、江戸川に逝かないで平和島ばっかし逝ってったらこのサイトの本来応援(おちょくり?)している趣旨に反するでしょう? でも、最近は確かにラブコールを送っても応えてくれない江戸川よりもむかしっから全然変わってない東のメッカと呼ばれていながらも、かつての蒲郡よりもキビしいローカルルールで選手のやる気を削ぐ殿様競艇場な平和島の方に転びかけているのも事実。あ、あくまでもレースではなく3連単のせいですけどねぇ。
 で、進入固定戦。インは確かにこのメンバーじゃ弱目で昨日ハデに吹き飛ばされて、強かった時代を思い出したのか後明がやったら噴いた展示をだしてる。後半はやばそうだけど、このメンツでこの枠なら最悪3着でしょう? で、人気はっていうと1−5 5−1 1−3 1−2ってな感じ、田中重すぎでモーターもクズで1銭もいらず。夢を見ないで素直に1=2=5しかないでしょう。夢をみるなら2−5−1までかなぁ。

 1=2=5 5枚

 結果:進入はいうまでもなく123456。後明、気合いのトップスタートからまくり不発。すんなり増田を逃がしちゃったけどなんとか追走。3着に泉が入って1−2−5は2360円、まぁこんなもんでしょう?
 −3000+11800=8800 (的中)
 これで後明は後半不要か?

 7R 一般戦
1.諏訪忠 2.荻野廉 3.大茂和 4.庄司泰 5.稲毛正 6.中村真

 稲毛が初日2連勝発進、平和島でもうひとつ勝ちきれない(関東3場で同じ評価だと思うけど)ヤツが連勝とは出来すぎ、ってことは本物になったってことか? 人気はっていうと、なぜか荻野−稲毛の2−5 荻野−中村の2−6あたりが売れてる。小川じゃないけど「へいわじまのみなさぁ〜ん☆ 目をさましてくださ〜い」などと言いたくなるメンバー、隠れ平和島巧者の諏訪をみんな忘れてる。平和島一般戦でのしぶとさはまぁ、知る人ぞ知るってレベルになってるけど、勝ちきれないのは稲毛と同じと言ってしまえばそれまでだけど、ここは荻野を消して諏訪から逝くのが礼儀。
 1−5−6・3 5−1−6・3 各5枚
 5−6−1・3 6−5−1・3 各5枚

 結果:わたしの想定ではここは庄司のイン戦、荻野がカドに出て413/265と思ってたんですが、よりによって……確かに最近の若造は老体が譲る気があれば平気でコース取りに行きますよ、ええ。でもね中村くん、きみ71期でしょう? いくら40期の荻野がカド狙いだっていっても、3コースでカドを狙ってたとしかみえない荻野を蹴散らして3コースまで入ってくることないじゃないですか? こーなりゃぁ荻野はただのカベ。大外の稲毛の目がなくなっちゃうですよ……。ほら、なくなった。荻野もツケマイ、中村もツケマイなら内側の方が遙かに有利ですねぇ……、諏訪をきっちりツブしてアタマ突き抜けです……。てめぇ!! 中村ぁぁっ! の6−1−5は4530円。
 8800−4000+0=4800

 8R 一般特賞戦
1.福来剛 2.秋山直 3.辺見新 4.中西寛 5.須藤隆 6.広田信

 87期ど新人の福来くん平和島初お目見え。なんだかんだで複勝率14.8%と、今節の成績次第ではもしかしたらB1級がありそうなので、どこまでやる気か見てみたいけど、とりあえずは今日だけでいいや。やるんだったら今日ってことで。
 なにげに進入を654321みたいにしたかったのか知らないけど、これ、福来が大外回っておしまいって進入じゃないの? なわけでそう決めつける。無条件で2=3は確定、3着は須藤か辺見か? ここはご祝儀で福来も絡めておきましょう。東京モンだしね。
 2−3−1・5 3−2−1・5 各5枚
 2−5−1・3 5−2−1・3 各5枚
 3−5−1・3 5−3−1・2 各5枚

 結果:ピット離れと同時に1号艇福来くんが吉岡修よろしく遅れ気味のピット離れから無条件で6コースへ、他に動きはなく4枠だからカドもらうよん、ってな感じで中西が3コースでカドを選択の23/4561。しめた☆ これなら秋山と須藤がやりあって辺見に差し場ができる3−5−2・1の目が有力、くかか。と1Mは確かにそんな展開で3−2体制、ところがまぁ秋山のモーターがあほみたいに噴いてる。あっさり道中逆転で2−3、で3着はっていうと福来と中西が競り合ってる、ぎゃぁ! 須藤は捜索願い! 福来ぃぃぃぃぃ! 余計なこと考えないで握って回れ! 中西は必ず落として回る、半端に差すくらいなら握って飛んで転覆しろ! その方が諦めがつくぅぅぅぅ! と絶叫。その声が通じたのかはたまた差しが怖くてできないのかきっちり握って回って3着確保。『2−3−4の方がつくんだよ』って声は黙殺、だって2−3−4なんか持ってないんだもん♪ で、2−3−1は3890円。
 4800−6000+19450=18250 (的中)

 9R 一般特賞
1.田中雅 2.上條信 3.鈴木幸 4.伯母芳 5.佐々野正 6.沖原弘
 今日一番大きな穴があくならこのレース。行きの京浜急行の中でスポーツ新聞を見たら一番最初にひらめいたレースでしたとさ。……そのくせに最近はそういうレースに限って取れないのが悲しいところ、ひどいときは忘れちゃってるんですよねぇ、まぁ愚か者の戯れ言なんですがぁ……。じゃあ、穴になる根拠ってなぁにって聞かれたら格上でインキチガイの鈴木がF休明け、全速バカの伯母がF2、どんな超抜機でも凡機にしてしまう腕ではなく体重を持った田中、A2維持に残り1.75%の余裕しかない上條と売れ筋選手が軒並み問題アリ、挙げ句に田中は進入は枠なり重視という淡白な選手、枠主張選手に対してインキチガイがインを取りに来た場合はどうなるか? 答え、進入深くなりまぁす。最終的には鈴木にインを譲るだろうけど、当然深くなるわけですねぇ、で田中は差したら舟が止まるので当然ツケマイ、鈴木はよせばいいのにまくりに飛びつくクセがあって、負けパターンはまくりを張りに行って内側をズボ差し喰らうって展開、ただ、さすがに頭はなくても3着までには残るしぶとさはちゃんと兼ね備えているので3連単だと消しきれないんですが……。はい、狙い目は一言でいっちゃえば『まくりに飛びつく鈴木の内側を差し込むカドを取る佐々野と沖原のどっちか』です。ただ、あっさり鈴木のイン逃げってのもまだ捨てきれず、散らして買いましたが……。
 鈴木のイン逃げ成功想定 2=3=5 10枚
 鈴木のイン逃げ不発想定 3=5=6  5枚

 結果:進入3125/64。案の定田中が粘って鈴木の進入を深くしてくれました、そのスキに沖原が5コースながらカド、なんとなく絶好の展開になってくれてます、これで鈴木が同体orS放ってくれた日には絶好の田中ツケマイ日和です☆ 3・2・1ほい! 張ったぁ! 差したぁああ! おっしゃぁ本当に5−6−3だよ! え? 沖原が抜いた6−5−3んん! 2連単でも確か150倍越えてたから、3連単でも鈴木が3着なら300倍はあるんじゃねぇのか!? いけーっそのままそのままぁ!! ズク抜きじゃああ! と叫びながら払い戻し窓口へ突っ走るわたし、配当次第ではそのままタクシー乗っておうち帰るつもりでした悪夢は3周2Mにやってきました……。よりによって佐々野の野郎がホーム出口でキャビテーション、2着を諦めていなかった鈴木がきっちり追突して大失速、遅れて回ってきた上條がうまく避けて、立て直しかけていた鈴木を外から抜き去ったシーンが目の前に展開されたのを見た瞬間に幽体離脱。挙げ句に自分の身長の10倍くらいでかい大鎌を持った葉月が、「一緒に逝こうね♪」とかいいながら嬉しそうにわたしの魂の緒を切ろうとする姿がみえました……、これって臨死体験なんだろうねぇ……きっと。当然、鈴木が消えた以上配当もタダでは済まず6−5−2は2連単でも17600円、3連単は63180円……。警備員のおっさんに『兄チャン。残念だったなぁ……』と同情されて初めて我に返る始末、……久々に心臓が止まる寸前の感触を味わったなぁ、やっぱり競艇はこうじゃなきゃぁ……とほほ〜い。
 18250−9000+0=9250

 さぁ、次だ次。

10R 一般特賞戦
1.上野賢 2.能仁政 3.増田一 4.倉西吉 5.岩津英 6.諏訪忠
 上野はいらないです、増田は前走1着だけど固定じゃないからいらないです、倉西はちょっといるかもしれません? 岩津は倉西次第です、諏訪は買います、ええ、買いますとも。そんなわけで買い目は一発で決まっちゃいましたです。もう進入なんか関係ないです。半分ヤケです、まだ浮いてます、さっきのレースでわたしまじめに考えるのやめましたです、根拠はないです、あったら今ごろ蔵建ててますです、もう好きにするDeath。能仁! 一発カマ死てやれ!!
 2=5=6 5枚 2=4=6 5枚

 結果:進入213/456 能仁がインを取ったDeath。倉西がカドDeath。スタート揃いま死た。能仁あっさりのイン逃げDeath、倉西と岩津がやりあってるDeath、その内側を緑色のカポックが差し抜けて逝くDeath、諏訪Death!! 2−6Death、3着が倉西と岩津のどっちかの争いになりま死た、お、お、お? 当然2連単2−5が売れ筋だったから5の岩津が消えりゃここも高配当! 諏訪なんざ誰も見向きもしてねぇ! おっしゃ倉西、なんとか粘れよぉおおおおおお〜! どっちだ!2−6−4? 2−6−5?? おっしゃぁ! 2−6−4は11390えんんんんんんっ!! おっしゃぁ! これも万舟ぅぅぅぅうっ!!
 9250−6000+56950=60200(的中)

 で、いつまで経っても帰ってこないのを心配したのか、それとも平和島に逝ったのを読まれて……「勝ったか負けたか? 勝ったんなら何かおごれ」ってな内容だろうと思ってたら、仕事可絡みのお話だったので、申しわけないけど勝ち逃げ。テンションも脳波もどうやら普段のそれに戻れたので喜んでお帰り。さすがに万舟はずして万舟取り返してなんてあほな買い方してた日には命がいくつあっても足りないのでお帰り決定。この勢いだと、たぶん11Rか12Rのどっちかも荒れそうなんだけど、まぁ、ちょっとお金も必要だったのでこれにて勘弁って感じで終了。さすがに10Rくらいで帰るようなもの好きは少ないみたいで、ガラガラな無料バスに乗って京急平和島駅へ向かうのでありました。

本日の収支 5打数3安打
投下金額  28000円
回収金額  88200円(回収率315%)


2001年 4月19日(木)

せめて日記なりとも…


 斡旋予定表を見ると、江戸川の出走予定メンバーが久々に3年以上不走選手の数よりも「当地複勝率」がちゃんと表示されている選手の割合の方が遙かに上回った開催を発見、やっとこさ3年以上不走選手の数も片づいたか? などと思ってメンバーの名前をよくよく見てみると…、群馬・埼玉・東京・千葉・神奈川・茨城??? はぁ、もうそんな時期なんですかな『第5回ゴールデンカップ』は地元開催のGW準特別競走でした……。
 おいおい、まさかヲレを5月まで本場に逝かせないつもりか江戸川? ここまでくるとズルズル3連単の売り出される6月まで江戸川に逝かなくなるぞ、いいのか? などと言ってもわたしが江戸川利用者に戻ってもよっぽどのことがない限り客単価が10万単位で上がることはいまのところないですからねぇ……。もう少し金が欲しいなぁ……。
 とりあえず、マシンの方はかなり無茶なことをして、たぶん他にもっといい方法があるんだとは思いますが、無事Meマシンをネットワークに構築することができまして、多少の制限はでちゃいますが、それでもちゃんとLANとその環境内にある各マシンからインターネットも覗けるようにしたわけです。マニュアル読んでもわかんないから、全部トライ&エラーでやって、挙動が狂ったら即再インストールというWINDOWSを熟知しているヤツが見てたら卒倒するに違いない方法で作業をしていたのは事実であります☆
 まぁ、ある意味いい頭の体操ってヤツなんで、もう少しこの戦法で対処してみようかとは思いますが。トライアンドエラーって、なんとなく舟券の予想に似てるんです、電源入れる前に自分の考えた作業の結果と展開を推理して、実際にレースじゃなくってWINDOWSの起動画面を見てから結果を知る。ただ、唯一違うのは舟券なら買った分の金額で済むけど、パソコンの場合はマシン1台オシャカになる可能性があるってこと、安くなったとはいえ、仕事にも使うってコトを考えたらやっぱり1台20万近いマシンになりますからねぇ……(昔、本気で1台買って3日くらいで保証適用外クラスのトラブルを発生させたことがあって……その時も当時の値段で30万…MS−DOSの時代ですね)まぁ、壊れるのもWINDOWSとなかなか自虐的に作業ができます……。とほほ〜い。
 余談、いまわたしのメインマシンになってるHPのパビリオン2250のキーボードが非常に打ち込みやすくて快適、多少うるさいのを除けばここ今まで乗り換えたマシンの中ではトップ級の感触。この附属キーボードおかげで対立候補だったSOTECのアフィーナシリーズが一撃で落選したわけです。(あっちだったら同じ1Ghzでも実売10万弱で買えたんですけどね)


2001年 4月18日(水)

1日マシンと大げんか


 世の中には2種類の人間がいる。当て推量でいじって要求する結果を出してしまうタイプと、要求する結果に近づくために何度もトライ&エラーを繰り返して時間をかけるタイプ。わたしはどうやら後者のようでした、まるまる1日かけてむりやりLAN環境に件のMeを組み込み、いささか乱暴ながらインターネット環境も回復させて現在(厳密にはただいま木曜日の午前4時)に至ってます。
 実にかれこれ34時間かけての成果です。ただ、やり方は同じでも、結果的には2時間もかからないで同じように組み込めるって話を後で聞いて泣けてきたのも事実ですが……。おかげで江戸川初日だってことをすっかり忘れてしまってました……。最近ダメみたいですね、わたし……。


2001年 4月17日(火)

思い立ったら運の尽き


 で、事務所の若い衆の一人がヨドバシによりによってドリームキャストを買いに行くという話になったのでヒマなのでついていくことにする。で、ふと気がつけば贔屓にしている錦糸町のヨドバシカメラが開店して1年ほど経っており、つまりは買い物が目的で秋葉原に行かなくなってかれこれ1年近く過ぎたということでありまして、ポイントカードの方も恐ろしいことに3万近くたまってました、13%ポイント還元のセールのときに消耗品やら周辺機器なんぞの購入。つまりはチリも積もれば山となるってヤツを地で行ってしまった訳です。
 で、パソコン売り場を覗いたら、春物……、洋服みたいな表現ではあるけど、3月から今月にかけて各社新発売のマシンがいろいろ並んでる訳です。はい、わたし物欲はそれほどないつもりだったんですが、メインで使ってるマシンがそろそろスペック不足で不満を持ち始めており、1年半前くらいに買ったときと同じ値段で倍以上のスペックのマシンが売られているのを見ると、急に物欲がもたげてくるわけです。昨日の今日で車からパソコンへ興味が一瞬移った、で、確定申告の還付金が口座に入ってる……。当然デビッドカード対応の銀行口座……。気がついたらマシン1台包んでもらってました。ポイント使って買う前に3万円引き、買った後に定価の10%+キャンぺーンかなんかでさらに10000円分のポイント還元追加。なんだかんだでモニタ込みで20万近いパソコンが実売15万くらいでゲットできた計算になります……。デフレばんざい?
 とまぁ、ここまではよかった。問題が一点、そのマシンにバンドルされているのがWINDOWS−Meだってコト。ネットワーク関連が限りなく未知の領域なわけです。ましてや多数派の98SEとつないでまともに機能するのか? 当然シロートですんでうまく行くわけありません。挙げ句につないだせいか知らないんですがインターネット環境にもうまくアクセスできなくなっている始末。ネタばらしをしますと、この日記は19日(木)の午前3時頃に書いてます。つまりはこの時間までマシンの調整と環境整備に時間を取られていたというわけです。なんとかLANには組み込んで使えるようになったのではありますが、Meを介してのインターネット接続が98SEのマシンとうまく調整が取れず、ヒーコラ言ってます。まじでMeを潰して98SEにダウングレードしてしまいたいくらいムダな買い物になりかけてしまいました。……できるんですかねぇ? できるんだったらやりたいです。正規版で今のところインストールするマシンのない98SEも1セット持ってますし……。マシンはHPのパビリオン2250です。はい。
 Meってミステイクエディションの略なんでしょう、きっと……。


2001年 4月16日(月)

物欲ってほどではないけど


 今年度、事務所を通さない個人的な仕事の分をいくつかまとめて、向こう6ヶ月の収入の見込み計算をしてみた。あらびっくり、事務所経費を差し引いても毎月7万近く余る計算。もっとも、相手先がちゃんと振り込んでくれたらって条件で計算したもんなんですけどね。
 可処分所得が増えると急に物欲が出てくるわけで、まだその金が入金されてないにもかかわらず、思わずなにか衝動買いをしてしまいたい欲求が頭の中を駆け巡る。旅行代金を支払いに神田のJTBへ行く途中、バス停前の空き地に並ぶ中古車発見。特に目をひいたのが三菱ディアマンテ4WD。平成6年式、走行4万2千キロ、車検13年10月。28万円……。三菱の中古車のリセールバリューの低さは知ってたけどここまでとは、確定申告の戻りで経費全部まかなえそうな金額じゃない……? まさか、人、轢いてないよね、この車?
 事務所の近所で駐車場探してみようかと思う一瞬。ただ3ナンバーを維持しきれるかなぁ……。


2001年 4月15日(日)

住之江方程式


 第二回競艇名人戦は野中の優勝で幕。なんとか2回目にして、称号をくれてやりたい選手のところにその冠が行ったという感じがします。
 それはいいけど、これでもう名人戦のテンションが少し下がるんじゃないかなって危惧も少々。第一回は「野中に引退の口実を与えるために最後の出来レース」で、それをある意味名人級ではあるけど伏兵クラスに過ぎなかった高山秀則が本当は野中にやらせたかったであろう完全優勝で横取り、で、第二回の今回はハナっから「前回の雪辱・野中の戴冠なるか」で始まってて、一部の新聞以外は高山連覇ではなく野中のリベンジを全面に押し立てる始末。こうなると来年の第三回はきっと引退していなければ「名人野中の牙城を崩すのは誰か?」なんとなく昭和の時代に全盛期だった同年代の選手が若手を無視して20年前のメンバーで20年前の競走を見せるようなレース。実際今回の2着選手は「若いヤツにすごく危険なターンをするヤツがいるんだけど……」と競艇場側から途中帰郷さえ言い渡されたモンキー元祖の飯田加一。いまさら昭和のレースを見せられてもって気がつく人もいるかもしれませんね。わたしがそうです。なんとなく野中が優勝しちゃったせいで名人戦の価値が落ちちゃったかなって気も。
 ただし、忘れていたものを思い出させる開催ってのも事実で、今年も、ものすごく懐かしい収穫がありました。久々に「住之江名物優勝戦の野中オッズ」を見られたことですかな。野中の一本かぶりを中心とした外の関東モン一切無視のオッズ。
 つまりは野中の頭を決めてあとはオッズ見て5点流せば間違いなく儲かるっていうオッズ、名人戦というノスタルジックなレースに、客もノスタルジックなオッズで応えたという感じがしてしょうがないです。当然ながらわたしもそのノスタルジックに乗りました。まぁ、そのころは住之江のおっさんに「こういうオッズになったら、野中蹴飛ばすヤツはアホ。兄チャン、ヘンに絞るなんて考えへんと黙って野中の頭から流しぃ」なんて言われたことまで思い出して買っちゃいました。確かに、もはや住之江の一般戦ですら見られないオッズですからねぇ、こういうのって。
1−2 1−4 各30枚 1−3 20枚 1−5 10枚 1−6 10枚
 結果はこれもまた20年前の優勝戦みたいな展開で、野中渾身のゼロ台スタートから一気の逃げ、2着がもつれて危なっかしいヘンなターンをする飯田が混戦をそのターンで抜け出て2着残り、果たして飯田加一はこれにてモンキーターンの開祖とされスピード競艇時代の幕が開き、落として回るロートル選手はどんどん水面から去っていくようになりましたとさ。めでたくもあり、めでたくもなし?
 しかし1−5 2060円たぁ、そこまで野中オッズを再現しなくてもいいのにとまで思ったけど……。
 やっぱりなんとなく懐かしいですね、優勝戦だけは、気持ちが住之江を根城にしていた大学時代に飛んでいきました。
 野中が勝った、中道は引退した、安岐や長嶺は往年の力がかすんできた……。いわゆる旧世代(30期以前)の競艇選手の中で名人の称号にふさわしい選手に次回は優勝して欲しいですね、当然野中の連覇もアリですが、となると次回は加藤峻二?


2001年 4月14日(土)

ひ、ひとでなし……


 事務所で仕事をしていた若い衆の一人に「おぅ、おめぇ確か今日が誕生日だったな?」「はいそうですけど……」「なら誕生日プレゼントをあげよう」「新しい仕事はパスですよ」(くそぉ……読まれてたか)「そんな簡単に仕事を回せたら苦労しねぇよ」「でも、結構個人的な仕事、ためてるでしょう?」「だまらっしゃい」「ムリしないでいいですよ。べつに誕生日がどうだって年齢じゃないし」「じゃあ飯でもおごってやろう」「それならOKです」………………「ほれ、好きなの喰らえ」「いただきます」………………「支払い、えっと……、カード使える? ダメ? うそ〜ん。じゃあデビットカード。はぁ? 銀行の営業時間外で引き落とし不能? ちょっと待てよ。おい、金貸せ!」「え、奢ってくれるんじゃなかったんですか?」「だったら神田の24時間開いてる富士銀行までひとっ走り行ってくれるか」「もう電車ないですよ」「だったら金貸しておけ」「ひ、ひどい……」
 教訓、慣れないことはするもんじゃない。帰りの車の中で視線が冷たかった……。


2001年 4月13日(金)

GW前に旅行


 銀行から定期積金満期のお知らせが届く、ギャラの上前をはねて積み立てしていた定期積み金が無事満期を迎えたので降ろしに行く、と同時にまた上前はねた積み立て定期の新規加入を申し込みに行く。「こま切れに継続なんかしないで、3年とか積んでもらえませんかね?」と窓口嬢に言われるが、こちとら1年積もうが3年積もうが東京メトロポリタンテレビの平均視聴率どころか、ド近眼の視力検査なみの数字しか利率がない預金なんぞ、どっちにしても100円つけば拍手な利息をアテにするつもりで預金している訳じゃないし、現金を事務所に置いておくと確実に競艇場で散財することは間違いないので簡単に解約できない、させてもらえない定期積み立てにしておくのが得策と判断、ついでに言えば横着者なので銀行営業時間にはんこ持って解約しにいく気力のないナマケモノなところが幸いしている訳です。満期の払い戻し用紙と新規積み立ての用紙を書きながら、ついでに「1年定期と3年定期、客に新規契約させた場合○○さん(窓口嬢の名前)はどっちが○○さん(彼女の上司)に褒められるの?」などと訊いてみたくなるけど困らせるのもアレなので(だって、制服が似合ってて可愛いんだもん、でも私服で会ったときはそれほど可愛くみえなかったのはなぜなんだろう……)ちゃんと1年定期にしてある目的をつげる。すると納得してくれたので、また1年定期を。つまりは旅行資金なんですね。表向きは「研修」。そこ、勘違いしない! 別に競艇や麻雀の研修って訳じゃなく、交通費と宿をこっちもちでテキトーに羽を延ばして欲しいって訳です、とりあえずはGW前に日にちを設定したので宿も電車もきっちり取れまして、去年行けなかった分2泊3日で遊んで来ることに決定。
 このくらいやらないと絶対パンクしますし、当然ながらわたしもパンクしますからねぇ……。


2001年 4月12日(木)

しかし、住之江……


 一般戦だろうが記念だろうがお構いなしなタイムスケデュールでレースを組んでますねぇ……、投票する側としてはそれでも情報は欲しいので、泣きながら紙芝居を見てるワケですが、前半のレースなんか展示航走を放映して、んでもって競技情報、2回走り選手がいようものならその結果、で、やっとオッズが表示されたと思ったら画面の下に『まもなく投票を締め切ります、投票はお早めに』なんで文字が流れていく、おいおい……。
 ただでさえ早いレース間隔に電話投票だと、その上に締め切りが本場よりも3分早いもんだからのんびりオッズ見てる暇がないですね。で、しかたないのでオフィシャルウエブでリアルタイム情報を謳ってるオッズを見てみる……。なんだこりゃ、全然リアルタイムじゃないじゃねぇか!! 30秒に一回くらいの割合で再読み込みをしているみたいなんだけど、オッズが動いてる気配はまったくなし。ついでにいうと、レース確定後結果が右側に表示されるのもやたら遅く感じる、こんなんだったっけな? 利用者が多くなってきたからってのはjavaスクリプトじゃああんまり関係ないような気もするんですが……、どんなもんでしょう?
 で、なぜか10レースくらいから、やったらレース間隔が長く感じるようになるのはなぜなんでしょう、メインレースなだけにじっくり考えて大量に金を吐き出して欲しいからなのかな? それとも、朝っぱらから打っているせいで、負けが込み続けているからなのかい? そんな気もしてくるありさま。
 本日8打数3安打で200円だけの浮き、まぁ、しょうがないかな……。


2001年 4月11日(水)

第二回競艇老人戦


 インターネット生中継で見物。だってぇ、土日まで場外発売ないんですものぉ〜。と泣いてもしかたないんだけど、久々に競艇オフィシャルサイトのインターネット生中継を見ていたけど、とてもとても鑑賞に耐えられるモノじゃあなくなってきているのが悔しい、ISDNで64K出てるんですよ、去年よりも紙芝居率が高くなってる気がします、表示レートが58Kくらいじゃ、紙芝居にもならないみたいです。
 ADSLとかに切り替えなきゃぁ意味がないんですかねぇ、あるいはちゃんとスカパーに加入するとか、スカパー入れて新しい電源消費物を入れた日には事務所のブレーカーが持ちません。しくしく。これから夏です、クーラーが必須になってきます。その瞬間にいろんなもんが使用禁止になるくらい脆弱な事務所です、となるとADSL。う〜、せっかく一般回線をISDN化したというのに……。
 なんとなく躍らされてる感じです、素直に事務所移転しろ? スポンサー募集です☆


2001年 4月10日(火)

多忙な理由


 珍しくスポットではない仕事が4月末に転がり込んできまして、そいつの準備とスタッフ召集でいろいろ忙殺されてました。なにせ今回の仕事、請け負った段階では、珍しくそれなりのモノが創れても、それ以上のものを創れる自信がないというカンジの得体の知れない不安感が最初からあったわけです。
 とりあえずスタッフが揃いまして、なんとか勝算がみえてきて一気に片付けたろうと思うけど、アテとふんどし、ついでに勝負舟券は勝手に外れるのことわざ通り、早々と蹴っつまづいてます。
 そういえば4月、新年度最初の月なんですよねぇ。今まで止まってた他の仕事が急に回り出したりして新規に準備などをしなきゃならなくなっててんてこ舞い。言い訳になりますが、そんなこんなでパニック寸前なわけです。はい……。


2001年 4月 9日(月)

新入生・新入社員


 打ち合わせに出席するべく昼間の電車に乗り込む。バイク盗まれてはや1年、そろそろモーターとタイヤのついたものを手に入れようかなぁ、などと思う昨今。
 しかしまぁ、新入社員らしい連中って毎年毎年どうしてまぁ、「わたしは新入社員でござ〜い」って感じの匂いをプンプンさせてるんだろう? ちょうどランドセルを背負ってるのか背負われてるのか解らないような小学生がよたよた歩いているような感じでスーツに着られてるのか着ているのか解らない。不景気になって採用人数が減って戦闘力の高い新卒を選んで採用しているはずなのに、この光景だけは全然変わらないのはなぜなんだろう? それと同時に、あからさまに就職浪人っぽいヤツの方が、やたらスーツを着なれているようにみえるこの現象、なんかおかしいですよねぇ。
 入れただけで満足しているのかな? かくいうわたしも今日は戦闘服ながら誰もサラリーマンに見てくれなかったのが悲しかったけど。


2001年 4月 8日(日)

なにもすることのない一日


 早起きしてみたはいいけど、14時頃に半端な来客が来る予定なので江戸川にも行けずとりあえず電話投票だけでお茶を濁す、行ってはいないけど、ちゃんと投票はしてますぜぇ。……そろそろこの文面飽きたと思いますが、実際不走選手の多さを見ると誰でもそう思いますって。どうで江戸川で6月から3連単が始まればイヤでも客が入るし、3連単史上最低配当と最高配当の記録を間違いなくゲットしそうな競艇場ですからねぇ。イヤでも行きたくなりますわい。わたしだって。
 というわけで、たまりにたまった洗濯モノを一気に片付けるべくコインランドリーへGO。洗濯機2台を占拠し、ガッタンゴットンとイカれた音をしながら洗濯機を回して、その間に部屋の掃除。なんで紙くずと髪の毛した落ちてねぇのかな……。ゴミ袋には生ごみがぜんぜんないこれじゃあ子供部屋のゴミとおんなじですわい。などと思いながらついでに衣替えを今ごろになって始める。
 そんなこんなで電話。「すまん、今日行けなくなった」。殺す……。


2001年 4月 7日(土)

おっはよ〜おっはよ〜ボンジュ〜ル♪


 と、やたら能天気な歌声で起こされる。うぇ〜っ、エリカだけは勘弁してくれ、あの手のリアルバカは可愛いから許すというレベルじゃねぇっ!! 猛烈にイタいねーちゃんはもう懲りました。リアルバカなら最後までバカに徹してくれたほうが愛玩性が高いのに、半端に弱いところみせやがって、芝居してるバカにしか見れなくなちまったじゃねぇか! などと吠えると事務所内でエリカに転んだ連中に撲殺されるのでこの辺で止めとく。しかし、目覚まし時計なんかにあの音声を仕掛けないでリアルにあのおはようダンスに起こされたのって、いまんとこわたしだけかも……。などと言ってると後ろから突っ込み。『そういうあんた花火萌えでしょ? 毒電波お人形さんよりもリアルバカの方がいいよぉ〜だ』いいえ、そんな根深いものではありません。わたしゃ単に花火がおかっぱだから好きなだけです、狂人でも電波もお人形さんも全く関係ないです。本音はメルですから、はい。あ〜ゆ〜秘書が欲しいです、あえてメイドとは言わない。……おい、なに呆れれるんだ、諸君?


2001年 4月 6日(金)

朝っぱらから打ち合わせ


 江戸川が昨日から初日で、よしゃぁいいのに下げ潮に南風の中で開催する今節、昼頃にはビュービューいってたから安定板+1200m競走ほぼ確定。初日の江戸川選抜は35センチの波高だったとか。そーなりゃただでさえ新機・新艇競走のおまけがつく以上内側でしかたないけど、選抜戦2−1で400円台の配当はスイチで買えたんじゃないかなぁって思う、なにせ江戸川ではもう一銭もいらずな後藤浩なんかを平気で選抜に組むくらいだからねぇ。後藤を買うヤツぁご苦労さん、買わない人間にまで言われますぜぇ。
 とまぁ、好き放題言ってますが、やっぱり3年以上不走選手が大半を占める今節も行く気がどうしても起きないわけです。多分3年以上不走選手が極端に減るのはゴールデンウイークの地元開催までないんじゃないかなぁって気がしてきた。斡旋表みるのが怖いです、最近の江戸川。
 そんな訳でおのずと平和島……ではなくて打ち合わせに出かけるわたしであった。時間的には平和島に行っても1Rの展示航走に充分間に合う時間だったんですが、とりあえずは大久保までお出かけ、その後池袋に出て借金を返して、その足でこんどは新宿に戻って事務所に帰ってきたのが23時を少し回った時間、久々に12時間以上稼働してしまった。……しかし、夜の新宿中央公園って、あんな不気味だったかなぁと思う。やっぱり野良人間がうじゃうじゃいるので、公園の中を歩く気になれない、石原知事ぃ〜、知事室から青いビニールシートハウスがみえてるんでしょう? あそこに住んでる野良人間どもの半数は、かつて西口地下を大災害に陥れた白痴野郎がいるはずですぜ、まずは公園を庶民に解放してやってくださいなぁ。
 新宿の打ち合わせ先に行くと、帰りは都庁前駅から大江戸線を使うので中央公園脇を通るため、どうしても自分の部屋よりも広いビニールシートのテントがみえてしまうので、ムカついてしょうがないです。


2001年 4月 5日(木)

正しいのり弁?


 とうとう横着に拍車がかかって自炊を中断。かといって外食ってほど贅沢ではないので結局コンビニ弁当か、近所のほか弁屋で弁当を買うって状態、当然ながら外食する以上食費を切り詰めないと忙しさではなく本気で金銭的に舟券を買いに行けなくなる危険性があるので当然ながら一番やすいのり弁が主力になる訳ですが……。
 さて、問題。のり弁のおかずって基本的には「醤油の味しかしないかつお節みたいなもの」「何を揚げたかわかんない油を使って、てんぷらにしたちくわ」「得体の知れない白身魚のフライ」「ゴボウというより木の根っこのきんぴら」「合成着色料の漬けもの」というカロリーだけはあるけど、健康の保証が難しい人権蹂躙食って印象があって、同時にそのチープさが好物でもあるんですが、最近ののり弁当っておっかないですな。なんとそのうえに「ブロイラー臭満点の唐揚げ」とか、「魚肉ソーセージと場所を特定できない牛肉のミンチを混ぜたようなメンチカツ」なんかが添えてあったりするんですが、これって邪道じゃありませんか? それでも値段がほとんど同じ、中には「デラックスのり弁」なんてものもありますが、言うまでもなくなもんは買わないので却下。……なぁんて本気で考えていたらせっかくあっためてもらった弁当が冷めてしまいました。しかし、のり弁ののりって、一回温めた後に冷ますと、なんでこんなにカーボン臭くなるんでしょうねぇ……。


2001年 4月 4日(水)

オカマの日


 3月3日が桃の節句で女の子のお祭り、5月5日は端午の節句で男の子のお祭り、ならば4月4日はオカマの日などという話でいまさらながら盛り上がる。
 そんな訳でオカマをなめるなとか言われそうだけど、オカマ風味の日記に。などと考えたが一瞬にして中断。理由は簡単、自分の顔に三つ編みをくっつけてセーラー服を着た姿を想像してしまったため。本気で吐き気を催してしまったのでした。
 半端に豊かな想像力に乾杯……。


2001年 4月 3日(火)

花のたより?


 昼間がヤケに暖かくなってきて、そろそろ恒例の被害妄想が頭の中に充満しかけているこの頃、つい2日前に雪が降ったなどと信じられますかと言われたら、素直に信じられないと答えるよりも「寝てたからわかんない」と答えておいた方が気が楽かもしれないという気になってしまう愚か者。とりあえずは本格的な春がきて、花の便りがちらほらと……、そういやぁ今年はかなり早めに桜が咲いたんだっけ。などと思いながら少し遠くなっちゃったけどいつもの商店街の通じる道へ夜桜見物としゃれ込む。今年は野良猫の数が少し増えていて、野良猫に甘い地元の皆さんにちょっとだけ感謝をしつつ猫と一緒に桜を見物。今年は奮発してサザエの缶詰め用意したんだぞ、ノラ猫ども。間違っても例の巨大タニシを使ったアレじゃないからな、などと言ってもにゃぁと鳴いておしまいなのでしょうがない。
 猫たちに別れを告げて(まぁ、桜が咲いてなくてもこの通りはよく通るんですけどね)帰りがけに川べりの桜も見にいきたくて、そのまま川沿いへと足を運ぶ。そこにいるのは野良猫ではなく野良人間、とりあえず生態を観察。……よく見ると前見たときよりもビニールシートで作ったおそらくわたしの自宅よりも広い敷地を持つであろう野良人間の巣が非常に少ない、駆除されたのか、この冬を乗り越えられなかったのか? なことはどっちでもいいが、橋の上においてあった牛乳瓶に活けられた一輪差しの花を見つけて、なんとなく「春の便りを乗せて各地でちらほらと花の便りが聞こえてきます」というお天気アナウンサーの花の便りって、冬を越せなかった野良人間どもの野垂れ死んだ場所に置かれてる牛乳瓶のことなのかと一瞬思ってしまう不謹慎さ。まぁ、ボランティアとかいうムツゴロウ動物王国のつもりかしらねぇけど、野良人間を保護して自分が社会の為に役立ってる、とか思い込んでる偽善者どもに保護されているのをいいことに、我々一般人に競艇場ではなく路上で喧嘩を売れるほど体力あるのに、ロクに探しもしねぇで仕事がねぇとか眠たいことをほざいて仕事をしねぇクソッタレ野郎どもにはふさわしい死にざまだと思うし、実際カラまれたことあり、腹の底から石原知事に『野良人間はNOだ!』とでも言ってもらった上で、江戸時代同様無宿人狩りでもして、まとめて東京湾の埋め立て地にでも放り込んで一匹残らず駆除して欲しいと思うくらい野良人間という生き物を敵視してます、ついでに言えば死ぬんだったら他の区で死ねってカンジも少々。この粗大生ゴミを処分するのも我々区民の税金だって解ると、無性にむかつくです。


2001年 4月 2日(月)

クスリは用法用量を確かめて……


 いや、別に非合法なクスリではなく、腱鞘炎の再発や寝違いなんかでかなりボロボロになっているって話をしたら、こんなのがあるぞと知り合いから医薬品扱いの入浴剤をもらったので早速使ってみることに。
 風呂に湯を張り、なにげに使い古したてんぷら油みたいなその液体を入れてかき回してみると、だんだんお湯がまっ白に濁っていく。これはなかなかと思いながら、さっそく入浴。……入った瞬間身体にピリピリと刺激が走る、しかも自分でダメージがあると思ったところへ集中的に刺激が、これはいい、さすが医薬品とか思いながら入っているとだんだん痛くなってくる、ついでに湯気から立ち上る火山地帯のような匂い、つまりはイオウの匂い。思い出した、箱根の温泉と同じ匂いだ、しかしこっちの方が強烈。やべぇ……。と思ってたら案の定、おそろしくうれしそうな顔をした葉月がポンっと登場、しっかり湯船につかって顔を上気させていやがる。
「ねぇ、ごしゅじんさまぁ。今日のお風呂、すごく懐かしい匂いなんだけど。もしかしてあたしの故郷に一緒に行くための訓練かなにかなのかなぁ?」おい、やっぱりお前の故郷って黄泉の国なのか? 「違うよぉ、天国だってばぁ♪ あたしずっとそう教わってきたんだから」あのなぁ、人間の世界じゃあイオウ臭の激しいところは黄泉路って言うことになってるんだってば。なに、どっちでもいい? そりゃそうだ。ううう、もう限界。とりあえず一回あがって入浴剤の説明書きを慌てて見直すことにする。「ねぇ、もうあがっちゃうの? 一緒に入ってようよぉ、あ、それとぉ、できたらもう少し濃くしてくれないかなぁ?」コラ、猫なで声で誘った挙げ句におまえの基準でモノを考えるなっ!! なになに、100リットルあたりキャップ2杯程度が適量? うわっ、どばどば入れたオレってもしかして莫迦モノ? しかも成分がイオウに生石灰に……。うげげ、これってもろ水道水を硫黄主体の温泉水に変化させる成分ばっかり濃縮されて入ってるんじゃねぇかよ。なるほど、これなら葉月が匂いにつられて出てくるワケだ……。あーあ、うれしそうに湯船で泳いでるし、鳥の水浴びよろしく蝙蝠みたいな白い羽を水面でばたつかせてるわ、挙げ句に頭に手ぬぐいの切れ端を乗っけて、なにやら理解不能な言語体系と抑揚で歌みたいなのも歌ってる、まさか呪文のたぐいじゃねぇだろうな……。
 しかし……、脱衣所でめまい&脱力、ご家庭の風呂で湯あたりするとは思わなかった……。肌、ただれてねぇだろうな……。


2001年 4月 1日(日)

エイプリルフール


 とかいっても、毎日が四月馬鹿みたいなもんなので、特に気にならないもんですが、さすがにこの日はうちの回りの連中は騙す気まんまんで、一泡吹かせてやる。などという不穏なオーラをまとった連中ばかりがいて油断がならない訳で。スケデュール帳やホワイトボードに「騙されるなよ、ヲレ!」と書いて自分に言い聞かせる始末。
 ここまで準備していたにもかかわらず、まったくもってその手の話が入ってこない、あれ? ここに来て肩すかし? とか思っているうちに4月1日が終わる。考えてみたら、今日は日曜日だったんですな……、どうりで人がいないと思った。