江戸川競艇場攻略 第一回

 

「潮流と風を見極めろ」

 

 民生委員のワトソン君。……、このフレーズもずいぶん久しぶりのような気がするね。こうして、君とふたたび山と積まれた内職の造花や封筒の束をはさみながら、君とこんな会話ができるとは、夢にも思いたくなかったよ。

 まぁ、始まってしまったものはしかたがない、また、しばらく僕とおつきあいをよろしく頼みたい。

 さて、民生委員のワトソン君。君の江戸川の勝率はどのくらいなものかね? なに、トントンくらいと言うのかな? ふふふ、僕を甘く見てはいけないよ。君の江戸川でのやられぶりは、江戸川で地見屋をやってもらっている、ベガー街不正規少年遊撃隊の浮浪児たちからしっかり報告を受けているのだよ。そう、浮浪児たちの報告によると、ベンツ1台分競走水面に沈めて、なんとかサルベージできたのが中古の軽自動車くらいだという話ではないか? 民生委員とはずいぶん収入がいいようだが、もしかして、僕の生活保護を使い込んでいるのではないのかね? だから僕がいま君の監視のもとで内職をしなければいけないのかも知れない……、まぁ、これもまた楽しいので、もし真実だったとしても君を責める気はないがね。……、どうしたのかね、心なしか顔色が悪いぞ?

 話を変えよう。民生委員のワトソン君、僕がなぜ年間180日以上も開催されている江戸川競艇場に毎日通わないで、競走水面の下流で釣りばかりしているかって質問だったね。

 ふふふ、理由は簡単だよ。毎日行くほど種銭がないということだよ、それに僕はまだ禿げたくないし、灰色のNO細胞を無駄に消費したくないというのもあるのだよ。それに、江戸川競艇場で民生委員のワトソン君、君に会ってしまったら、君がオケラになった腹いせに生活保護の打ちきりを申請されてしまう危険性があるからね。

 ……、これは余談だが、なぜ僕が釣りをしているか、という話から始めよう。

 

 まず、中川のハゼは少しだけ泥臭いことを除けば、そこそこ食べられるシロモノなのだ、大潮の時など運がよければサバも上がってくる川だからね、うまく生きたアニサキスが手に入れられたら、誰が見ても極自然な食中毒で君を江戸川ではなく三途競艇の常連客にできるかもしれないと考えているからだよ。

 ……、ふふふ、これは言葉のアヤという奴だから本気にしないでくれたまえ。

 大潮、といま僕が言ったが、普通、競艇の予想といえば選手の力量、進入コース、そしてモーターやボートの勝率、メンバーの力関係など情報が多くて困るときがあるはずだね。でもそれはプールや海面を閉鎖して作っている競艇場の話で、江戸川の場合、一級河川をそのままコースに使っている日本最後の競艇場なのだよ。しかも海に近く、潮回りが重要になってくるという訳だ。

 民生委員のワトソン君、釣りをしなくても、潮回り、つまりは潮流の種類くらいは知っていると思うが、潮流には『大潮』『中潮』『小潮』『若潮(長潮)』とある、僕が言った順番で潮流の速さの差が大きいのだが……、そして引き潮に満ち潮。川を完全に閉鎖している訳ではないので、江戸川の競走水面は確実に流れが生じているのだが、これがくせものなのだよ。もし、江戸川の水面が蒲郡や浜名湖なみに広くて、今の江戸川と正反対の枠なり進入になりにくい水面だったら、江戸川競艇場は世界一的中しにくい競艇場になっていることは間違いないと僕は思っているよ。江戸川がつまらないと言っている客は来ないで結構、あるいは、徹底的にヤラれてから嫌いになって欲しいと思うね。

 ……、話を戻そう、江戸川の競走水面の面白いところ、これは怖いところでもあるのだが、普通河川であれば上流から下流に水が流れていくのが普通なのだが、ここは、海に近いということもあって、下流から上流へ、流れが逆流することもあたりまえなのだ。

 上流から下流、つまりは1マークから2マークに向かって川が流れている時を「下げ潮」、下流から上流、つまり2マークから1マークへ向かって流れている時を「上げ潮」というのだ。

 これが、江戸川をホームプールにしていない客が見落とすトリックなのだ、江戸川に対する最大の誤解だけが先行して、僕らとしてはそれがありがたい、『江戸川は1=2を買っておけば間違いない』だね、民生委員のワトソン君、もしかしたら君もそのクチじゃないのかね? 確かに1=2で決まりやすい競艇場ではあるが、それはそういう水面だからであって、圧倒的にインの強くなる水面とインが死んでしまう水面、同じ競走水面であるはずなのに、生き物のように……、極端な話を言えば1レースごとに変ってしまうのだよ。

 ……、理解していないようだね。かなり補強工事などをして潮流を遮ってはいるが、それでも大潮の時などは平気で80センチの流れ、つまりは秒速80センチの速さで川が流れているのだ。消波装置を補強する5年前くらいや、そんなものがまったくなかった黎明期などは、平気で秒速100センチ以上の潮流が発生していたこともあるのだよ。

 余談だが、江戸川で、直線150メートルの展示航走の最速タイムが、どのくらいの速さだったか知っているかね? 実は、これは正式な記録ではないのだが、なんと6.1秒、約100キロ近いスピードが出たのだよ。これは下げ潮120センチという正気の沙汰とは言えない水面で叩き出されたのだが、そのくらい性能にも影響が出るのだ。

 今ではだいたい6.3秒〜7.2秒くらいの間で収まっているが、こういうところが選手にとっても江戸川の怖い部分ではないかと推理するのだが……。

 ところで、江戸川で高配当をとるにはどうしたらよいのか、民生委員のワトソン君はどう考えているかね? 誰もが考えてはいるが、殆どの客は実践できない方法、……、だからこそ高配当になるのだがね、そう、1枠・2枠を外して買う、ということだ。

 必ずしも、そうだとは言いきれないが、僕の経験からいうとだいたい以下の場合に1枠が消える可能性があるのだよ。

 

大潮の場合

「下げ潮30センチ以内で向い風弱」

「上げ潮20センチ以内で向い風弱」

「潮止まりで向い風弱」

 

中潮と小潮の場合

「下げ潮40センチ以内で向い風中」

「上げ潮30センチ以内で向い風中」

「潮止まりで無風」

 

若潮(長潮)の場合

「潮止まり 無風」

「下げ潮50センチ以内で向い風中」

「上げ潮40センチ以内で向い風中」

 

 特に大潮の時は、風と潮流が逆さになると派手に波が出て、逆にレース自体が混乱するので、手を出さないほうがいいと思う。もう理解してくれたと思うが、向い風の吹く日は「インが来る来る江戸川競艇」ではなく「インが狂う狂う江戸川競艇」になることも充分ありえるのだよ。この先の時期、向い風である北風が吹く季節、水面の荒れ具合とインの死ぬ率の高さを楽しみにみていてほしい。

 

 さて、今回はこの辺にしておこう。ただ、気をつけて欲しいのは、かならずしもこの図式が全部のレースに当てはまるというわけではない。あくまで参考という形で、見て欲しい。それは当然だろう? みんなこの通りに来てしまっていたら、誰もが蔵を建てられるのだからね。でも、僕を筆頭に誰も蔵を建てていない、江戸川乞食にしてもせいぜい本業の支払をまかなっている程度に過ぎないのだからね。

 民生委員のワトソン君。僕が釣りをしているわけが解ったかね? そう、釣り人は潮の流れにナーヴァスになるのは当然、江戸川競艇場に僕はお金を釣りに行っているようなものだからね……。江戸川で大漁を得たかったら、なによりも潮と風に注意をしたまえ。

 

(シャーロック・ホームレス)

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